甲府地方裁判所都留支部 昭和41年(ワ)77号 判決 1966年11月25日
原告 渡辺皓彦
被告 外川正夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
本件につき当裁判所が昭和四十一年九月二十八日に発した強制執行停止決定は之を取消す。
事実
原告訴訟代理人は、被告が原告を特定承継人として被告と訴外梶原優間の甲府地方裁判所昭和四〇年(レ)第二九号建物収去土地明渡請求控訴事件の執行力のある判決正本に基きなした富士吉田簡易裁判所昭和四一年(サ)第六六号建物収去命令事件の別紙目録記載の建物に対する代替執行は之を許さない。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、
一、被告は、訴外梶原優に対する建物収去土地明渡請求事件、但し、原審富士吉田簡易裁判所昭和四〇年(ハ)第二号事件、控訴審甲府地方裁判所昭和四〇年(レ)第二九号事件につき、原告を同訴外人の特定承継人であるとし、昭和四十一年七月二十九日甲府地方裁判所より、前記第二審事件の仮執行宣言付判決正本に執行文の付与を受け、更に、昭和四十一年八月二十日原審より、昭和四一年(サ)第六六号建物収去命令申請事件による代替執行の命令を受けたが、之に対し原告は、次項以下に述べる理由によつて、法定期間内に即時抗告を申立て現在に及んでいる。
二、もともと、別紙目録記載の本件建物は、原審の口頭弁論終結前、即ち昭和四十年五月二十五日、原告が訴外梶原優に対し、金四十万円を利息年一割八分、弁済期昭和四十一年五月二十五日、利息支払期毎月二十五日、但し、利息の支払を一回たりとも怠つた場合は、期限の利益を失い元利金を一時に支払う旨の特約を附して貸与した消費貸借の担保に供され、且つ、右抵当権設定契約と併せて債務不履行を原因とする停止条件付代物弁済契約が締結されたので、原告を権利者とし、管轄法務局に於て昭和四十年五月二十八日受付第四一〇三号を以つて抵当権設定登記、同日受付第四一〇四号を以つて停止条件付所有権移転の仮登記が夫々経由されたものである。
三、ついで訴外梶原は、前記抵当権設定契約の最初の利息支払期日である昭和四十年六月二十五日に至つても利息を支払わなかつたので、原告と同訴外人との話合の結果、同訴外人が後日本件建物の買戻を欲する場合、原告は優先的に之に応ずることを条件に、昭和四十年六月二十六日円満に代物弁済契約が完結されるに至つた。
四、ところが、原告は最近に至り、始めて訴外梶原と被告間に本件建物をめぐる紛争が続けられていることを知つたが、原告は前記第二項記載の契約を締結する際、訴外梶原より係争の事実を全然告知されなかつたので、原告は全く善意の第三者として本件建物の所有権を取得したわけである。
五、然るに昨今、原告は、請求の趣旨記載の債務名義をもつて原審より建物収去の命令を受けたので、直ちに昭和四十一年八月二十二日受付第六四七三号を以つて、請求の原因第三項の代物弁済を原因とする所有権移転の本登記を完了し、現在に至つている。
六、以上の通り、原告が本件建物を取得したのは原審口頭弁論終結前の行為であり、被告より特定承継人として強制執行を受ける理由はないので、本訴に及んだ次第である。
と陳述した。立証<省略>
被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、
一、請求の原因第一項を認める。同第二項は、抵当権設定登記及び所有権移転の仮登記が経由された事実は之を認めるが、その余は不知。同第三項は全部不知。同第四項は之を否認する。同第五項は、代物弁済の効力を争い、その余を認める。同第六項は之を争う。
二、被告は、原告が本件建物の所有権を取得した事実を争うものであるが、仮に、原告が所有権を取得したとしても、その対抗力は、仮登記を経由した昭和四十年五月二十八日に遡るものではなく、飽く迄も本登記手続を完了した昭和四十一年八月二十二日より以後に対して生ずるに過ぎないから、原告は訴外梶原の特定承継人に該当し、本訴請求は失当として排斥されるべきであ
と陳述した。立証<省略>
理由
請求の原因第一項の事実、同第二項の内、抵当権設定登記及び所有権移転の仮登記が経由された事実、同第六項の内、本登記手続が経由された事実は、何れも当事者間に争がない。
そうだとすると、本件の主たる争点は、原告が、その主張の所有権移転の仮登記及び本登記につき、その主張の各登記原因に符合する実体上の権利を有したと仮定した場合、原告が如何なる時点に於て、本件建物の所有権の対抗力を取得したかと言う点にあると言わねばならない。そこで、当事者間に争なき事実及び成立に争なき甲第一号証、乙第一号証に基き、判断の基礎となるべき事実を列挙すると、先ず、本件の被告が訴外梶原優を相手方とし本件建物を目的とする富士吉田簡易裁判所昭和四〇年(ハ)第二号建物収去土地明渡請求事件の係属中、原告が昭和四十年五月二十八日右建物につき、昭和四十年五月二十五日付停止条件付代物弁済契約を原因とする停止条件付所有権移転仮登記を経由し、次いで該事件の控訴審である甲府地方裁判所より、同庁昭和四〇年(レ)第二九号事件として、被告の請求を認容する旨の仮執行宣言付の判決が言渡されたものであるところ、原告が右第二審の口頭弁論終結後の昭和四十一年六月二十九日該建物につき、昭和四十一年六月二十五日付代物弁済を原因とする所有権移転登記を経由したため、被告が原告を訴外梶原の特定承継人であるとし、昭和四十一年七月二十九日甲府地方裁判所より、前記第二審事件の仮執行宣言付判決正本に執行文の付与を受け、更に、昭和四十一年八月二十日第一審裁判所より、同庁昭和四一年(サ)第六六号建物収去命令申請事件に基き代替執行命令を受けたので、原告は改めて昭和四十一年八月二十二日、前記所有権移転登記の抹消登記手続を受けると同時に、昭和四十年六月二十六日付代物弁済を原因とし、前記仮登記に基く本登記手続を経由したと言う経緯にあることが明らかである。
ところで、本件の如く、所有権移転の仮登記が後日本登記に高められた場合の効力に関しては、従来より諸説の分れるところであり、大別すると、(一)仮登記が本登記のために順位保存の効力を有する結果、仮登記に基いて本登記が経由された場合には、その本登記の効力即ち物権変動の対抗力は仮登記の当時に遡つて生ずるとする考方、(二)仮登記の効力は、不動産登記法第二条第一号の仮登記の場合と、同条第二号の仮登記の場合とに分けられ、前者は、物権保全の仮登記で、本登記の効力即ち当該物権変動の対抗力は仮登記当時に遡及して生ずるが、後者は、請求権保全の仮登記で、仮登記の当時未だ義務履行期が到来していなかつたときは本登記の効力は仮登記の当時迄は遡り得ず、義務履行期の当時迄遡るに過ぎないとする考方、及び、(三)本登記の対抗力は本登記をなした時より生ずるに止まり、仮登記当時に遡ることはないとする考方、に分類される。
思うに、不動産登記法第七条第二項にいわゆる「本登記ノ順位ハ仮登記ノ順位ニ依ル」とは、単に本登記の順位のみが仮登記の順位に遡及するという意味であり、換言すれば、本登記の順位を決定する基準を仮登記の当時にとるという趣旨の規定であつて、その結果、本登記はそれが仮登記の当時になされたのと同一内容の効力を生ずることになるが、その対抗力自体は一般の原則に従つて本登記の時から生じ、仮登記の当時に遡つて生ずるものではないと考えるのが最も合理性を有するように思われ、且つ、近時の多数有力説のようである。但し、仮登記には、順位保存の効力さらには、当該請求権自体の実現を可能ならしめる素地を予め成し置くと言う効力があるので、仮登記に基いて本登記がなされた場合に、仮登記後本登記前になされた中間処分は、本登記の権利に牴触する範囲内に於てその効力を失うに至ると解するのが相当である。
果してそうだとすると、被告が本件建物に関する仮執行宣言付の勝訴判決の言渡を受けた前記第二審の口頭弁論終結後に、右建物につき仮登記を本登記に高める手続を履践した原告の所有権はその本登記を経由した時より対抗力を生ずるに過ぎず、前記第二審の口頭弁論終結前にまで遡及して対抗力を生ずることはないと解すべきであるから、原告は、民事訴訟法第二百一条第一項、第三項により、訴外梶原の特定承継人に該当するものと認めざるを得ない次第である。従つて、之に反する原告の主張はすべて採用し難く、原告の所有権の対抗力が、前記事件の第一審の口頭弁論終結前、若しくは同事件の第二審の口頭弁論終結前に遡及することを前提とする本訴請求は、爾余の争点に論及する迄もなく理由がないものと言わねばならない。
よつて、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、強制執行停止決定の取消につき同法第五百四十九条、第五百四十七条、第五百四十八条を各適用した上、主文の通り判決する。
(裁判官 石垣光雄)